バイトデビュー?小学生日記。
この記事は、ジョブデパ協賛のブログ記事コンテストにエントリー中です。

あなたの探している希望の仕事がきっと見つかるジョブデパ
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あれがバイトと言えるならば・・・。
私のバイトデビューは、「従兄弟の家庭教師」です。
そう書くとなんか格好がいいですね。
実際は、私が小学6年生、従兄弟が小学2年生ぐらいだったので、お小遣いをあげるから勉強を見てやってという程度のものでした。
でもね。私は使命感に燃えてました。
というのも、私は算数が大好きだったのです。
幼稚園の頃から、スケッチブックに足し算の問題を書いてもらって、解くのが大好きだったのです。
しつこいぐらい親を追い掛け回してました。
自分が得意だったので、教えるにも自身がありました。
しかし、敵は手ごわかった。
『なんでわからないのだろうか』
私も子供だったから、むきになるんですね。
だんだんヒステリックになって、ガンガン攻撃的な教え方になってくる。そうすると、相手は更に子供だから、投げ出す。
しまいに手が付けられなくなり、勉強どころの騒ぎではなくなった。
真面目で大人の言うことを良く聞く私だったが、もう嫌だと思った。
勉強は祖母の家でやっていました。そう夏休みでした。
泣き声がするので、誰かが様子を見に来ました。
「なんで2人とも泣いてるんだ?」
従兄弟が泣いてるのは想定内だったようですが、私が泣いてるのはまったくの予想外だったようで、驚いてました。
「だって、全然わかんないんだもん。一生懸命、教えてるのに、言うこと聞かないし、もうヤダ、わーん」ってな感じで大泣き。
なんかもう手が付けられない、極限状態の子供たち(笑)
「おばちゃんに電話して、もう出来ないって言ってごらん」と祖母に言われ、おばのところに電話をしました。
「もうやだよ。言うこと聞かないし、教えてもわかんないし」と泣きながら訴えました。
「だからってなんであんたまで泣いてるの」とおばは笑ってました。
「ごめんね。でもね。教えてやって。本当に出来なくて困ってるの。あの子もお姉ちゃんに教えてもらえるなら、勉強するって張り切ってたから。もう少しやって見てくれない?」とおばは言いました。
その後、従兄弟はおばにいろいろ言い聞かされたらしく、大人しく私に従いました。
その後のことは覚えていませんが、「成績上がったよ〜。ありがとう」というおばの言葉を覚えてます。
それは社交辞令だったかも知れませんが、私にとってはとても「嬉しかった」一言でありました。
子供心にも、「お金をもらうって大変なことだ」って思いました。
それと同時に、「お金もらっても割りに合わない仕事もある」という事を学習しました。
「冬休みも」と言われましたが、「もういやだよ」ときっぱり断りましたもの。

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あれがバイトと言えるならば・・・。
私のバイトデビューは、「従兄弟の家庭教師」です。
そう書くとなんか格好がいいですね。
実際は、私が小学6年生、従兄弟が小学2年生ぐらいだったので、お小遣いをあげるから勉強を見てやってという程度のものでした。
でもね。私は使命感に燃えてました。
というのも、私は算数が大好きだったのです。
幼稚園の頃から、スケッチブックに足し算の問題を書いてもらって、解くのが大好きだったのです。
しつこいぐらい親を追い掛け回してました。
自分が得意だったので、教えるにも自身がありました。
しかし、敵は手ごわかった。
『なんでわからないのだろうか』
私も子供だったから、むきになるんですね。
だんだんヒステリックになって、ガンガン攻撃的な教え方になってくる。そうすると、相手は更に子供だから、投げ出す。
しまいに手が付けられなくなり、勉強どころの騒ぎではなくなった。
真面目で大人の言うことを良く聞く私だったが、もう嫌だと思った。
勉強は祖母の家でやっていました。そう夏休みでした。
泣き声がするので、誰かが様子を見に来ました。
「なんで2人とも泣いてるんだ?」
従兄弟が泣いてるのは想定内だったようですが、私が泣いてるのはまったくの予想外だったようで、驚いてました。
「だって、全然わかんないんだもん。一生懸命、教えてるのに、言うこと聞かないし、もうヤダ、わーん」ってな感じで大泣き。
なんかもう手が付けられない、極限状態の子供たち(笑)
「おばちゃんに電話して、もう出来ないって言ってごらん」と祖母に言われ、おばのところに電話をしました。
「もうやだよ。言うこと聞かないし、教えてもわかんないし」と泣きながら訴えました。
「だからってなんであんたまで泣いてるの」とおばは笑ってました。
「ごめんね。でもね。教えてやって。本当に出来なくて困ってるの。あの子もお姉ちゃんに教えてもらえるなら、勉強するって張り切ってたから。もう少しやって見てくれない?」とおばは言いました。
その後、従兄弟はおばにいろいろ言い聞かされたらしく、大人しく私に従いました。
その後のことは覚えていませんが、「成績上がったよ〜。ありがとう」というおばの言葉を覚えてます。
それは社交辞令だったかも知れませんが、私にとってはとても「嬉しかった」一言でありました。
子供心にも、「お金をもらうって大変なことだ」って思いました。
それと同時に、「お金もらっても割りに合わない仕事もある」という事を学習しました。
「冬休みも」と言われましたが、「もういやだよ」ときっぱり断りましたもの。

